不動産を相続した場合、一般的には「路線価」をもとに物件の価格を算出し、相続税を計算します。路線価は実勢価格の7~8割程度に設定されていることから、相続税の評価額を下げ、相続税を節約する方法として広く利用されてきました。
しかし、これを極端な形で利用し、借入金などの相殺を使って相続税をゼロにしたという事例に対し国税庁が否定する事案が近年ありました。今回はその事案を詳しく解説していきます。
事案の概要
被相続人・相続人・相続財産
今回の事案に関係する被相続人、相続人、相続財産は以下の通りです。
被相続人:94歳で死亡(平成24年)
相続人:被相続人の妻、長女、長男、次男、孫養子(二男の子)
相続財産:都内および川崎市内のマンション2棟(遺言によりいずれも孫養子が相続)
2棟のマンションは90歳を過ぎた被相続人が平成21年の1月と12月に立て続けに購入したものであり、購入額は合わせて約14億円です。
対象の相続財産 | 購入額 |
都内のマンション | 約8億3,700万円 |
川崎市内のマンション | 約5億5,000万円 |
合計 | 約13億8,700万円 |
マンションを購入するにあたって、被相続人は銀行から約10億円、妻から4,700万円の借り入れをしており、相続時には残額が10億円ほどありました。
被相続人が死亡して9か月後には、孫養子は相続した川崎市内のマンションを5億1,500万円で売却しています。
相続財産の評価方法は決められている
相続税を申告する場合、相続税法によって財産を時価で評価するよう定めています。
しかし、財産の一つ一つを時価で測定することは申告する相続人、申告を受ける税務署の双方にとって大きな負担です。また、不動産を個別に鑑定するとなると、鑑定した人により評価額がことなってしまいます。
そこで、国税庁は財産相続の評価基準を財産評価基本通達で定めることにより、さきほどあげた2つの問題をクリアし納税者間の公平性も保持しています。原則として、不動産の評価は以下の方法で評価するよう決められています。
土地:路線価法式or倍率法式
建物:固定資産税評価額
当初相続税評価額を3億円あまり、相続税を0として申告
平成24年に被相続人が死亡したことにより、平成25年に相続人は相続税を申告しました。対象となっているマンションを、財産評価基本通達に定めている通り路線価をもとに評価。その結果、相続税評価額は2つ合わせて約3億3,400万円になりました。
【相続人の申請額】
相続財産 | 土地の評価額 | 建物の評価額 | 評価額の合計 |
都内のマンション | 約1億1,400万円(※) | 約8,600万円 | 約2億円 |
川崎市内のマンション | 約5,800万円 | 約7,600万円 | 約1億3,400万円 |
合計 | 約1億7,200万円 | 約1億6,200万円 | 約3億3,400万円 |
(※:小規模宅地等の特例を適用する前の評価額)
相続人の申請額に対し、国税当局は路線価による評価が著しく不適当であるとし、この事案にあるマンションの路線価による評価を認めませんでした。平成28年になり、路線価による評価の4倍にあたる不動産鑑定評価額に更生しました。
当初、相続人は相続税を0と申告していました。しかし、国税当局の更生により3億円の追徴課税を受けることとなりました。
【国税当局の更生による価格】
相続財産 | 相続人 | 国税当局 | |
購入額 | 路線価 | 不動産鑑定 | |
都内マンション | 約8億3700万円 | 約2億円(※) | 約7億5,400万円(※) |
川崎市内マンション | 約5億5,000万円 | 約1億3,400万円 | 約5億1,900万円 |
合計 | 約13億8,700万円 | 約3億3,400万円 | 約12億7,300万円 |
(※:小規模宅地等の特例を適用する前の評価額)
何がそんなに問題なのか
評価方法には例外がある
しかし、今回の事案は通常の方法で相続税を評価したのにもかかわらず、国税当局は認めませんでした。相続税の財産評価において、通常の評価方法では著しく不適当だと判定された場合、例外が認められています。これは、財産基本通達第6項に以下のように記されています。今回はその例外を適用されることとなりました。
財産評価基本通達(この通達の定めにより難い場合の評価)6.この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税長官の指示を受けて評価する |
どのような時が著しく不適当であるかということは明示されていませんが、通達に沿って評価した不動産の価格が実際の取引価格と大きく乖離している場合は評価額の見直しが行われる可能性が高くなります。
今回の事案で否認判決が下された理由
相続人は財産評価基本通達のとおりに不動産を評価し申請しました。しかし、国税当局は以下の理由で通常の方法では著しく不適当だと判断したとみられます。
・路線評価額と不動産鑑定評価額との間に4倍もの開きがある
・経緯を見ると明らかな相続税対策であると考えざるを得ない
・本来では課税されるはずの財産にまで課税を免れようとした
・路線評価額と不動産鑑定評価額との間に4倍もの開きがある
相続財産 | 相続人 | 国税当局 | |
購入額 | 路線価 | 不動産鑑定 | |
都内マンション | 約8億3700万円 | 約2億円(※) | 約7億5,400万円(※) |
川崎市内マンション | 約5億5,000万円 | 約1億3,400万円 | 約5億1,900万円 |
合計 | 約13億8,700万円 | 約3億3,400万円 | 約12億7,300万円 |
(※:小規模宅地等の特例を適用する前の評価額)
先ほども上げた図ですが、相続人が提出した金額は約3億3,400万円。一方、国税当局が不動産を鑑定した金額は約12億7,300万円。この2つの金額には4倍もの開きがあります。路線価と不動産鑑定評価額にここまで差異が生まれたのもある背景がありました。
今回の事案のマンションは、共に利便性が高い場所に立地しており、容積率をほぼ消化して建築していました。収益性という観点から不動産価格を鑑みると、評価額が高くなる要因がありました。
その上、その当時は東日本大震災やリーマンショックの影響により、不動産市場は下落基調であり路線価もそれほど高くありませんでした。その一方で投資用不動産の取引価格は反転しつつある時期でした。
このような背景があることにより、財産評価基本通達による不動産の評価は納税者間で不公平が起きていると判断したと考えられます。
・経緯を見ると明らかな相続税対策であると考えざるを得ない
とはいえ、実際の取引価格が財産評価基本通達による不動産の評価額よりも低いことを利用した節税方法は広く知られているスキームであり、それほど問題ではありません。
それよりも、その節税対策があからさまだったということも国税局としては看過できなかったのではないかと考えられます。
・90歳になってから被相続人がマンションを立て続けに2棟購入している
・被相続人が孫を養子縁組してすぐに、マンションを購入している
・融資を担当した銀行の社内文書には、相続税対策としてマンションを購入するという記述があった
・孫養子がマンションを相続して約9か月後にはマンションを1棟売却している
・本来では課税されるはずの財産にまで課税を免れようとした
今回の事案では、評価額で争われたマンション以外にも財産がありました。これ以外の不動産と有価証券を合わせて約7億円であり、借入金残額は約10億円でした。
相続人が提出した相続税申告書ではマンション2棟を約3億円で評価。これにより債務控除、葬式費用控除、基礎控除などで課税遺産総額を0としていたのです。
【相続人の申告内訳】
マンション2棟 | 約3億3,400万円 |
その他の財産相続 | 約6億9,800万円 |
債務控除 | ▲約9億9,500万円 |
葬式費用控除 | ▲約200万円 |
基礎控除(※) | ▲1億円 |
課税遺産総額 | 0 |
(※)当時の基礎控除は「5,000万円+(1,000万円×法定相続人数)」
今回法定相続人は5人が該当したため1億円となっている
マンション購入および借り入れがない場合、被相続人の相続税の課税遺産総額はその他の相続財産より葬式費用控除、基礎控除を差し引いた金額である約6億円となるところでした。
今回の相続税対策により、本来であれば課税されるはずであったその他の相続財産も課税から逃れることが可能になりました。このような経緯も国税局の心象を悪くした一因であると考えられます。
裁判でも「他の納税者との間に看過しがたい不均衡が生じ、租税負担の公平に反する」として例外規定の適用を認め、相続人側の主張を退けることとなりました。これは裁判官5人全員一致の結論です。
今後に与える影響
路線価による算出方法が妥当ではないと最高裁も認める
国税局は路線価に基づき算出した相続マンションの評価額が実勢価格よりも低すぎるとし、追徴課税という処分を下しました。これに対して相続人側が訴えを起こし、処分の妥当性が問われた裁判でしたが、最高裁は国税当局の処分を適法としました。
これにより、相続人側の上告を棄却し、相続人側の敗訴が確定しました。過度な不動産節税に警鐘を鳴らす司法判断が下されたと言えそうです。
投資用不動産の売買に冷や水を浴びせる
マンションの購入が相続の直前ではなく、2年~3年ほど前におこなったのにも関わらず、路線否認判決となりました。この事案に対し、国税当局は不動産購入の時期よりも、あらゆる事情を総合的に判断した上で行ったとみられます。
一方、今まで行われてきた相続税対策としての不動産購入が認められないのであれば、投資用不動産の売買に冷や水を浴びさせる可能性があります。その結果として、取引が不活発となり、今後、不動産価格が下がる可能性があることも見逃せません。不動産投資家としても今回の事案は他人事ではありません。
今回の判決によって、路線価による評価が時として覆されるリスクがあることが明らかになりました。今後は、不動産の購入時期の他、国税当局に著しく不適当とみなされないように対処する必要がありそうです。