税制改正により、これまで、有効な相続税対策として、多くの人に使われてきた「暦年贈与(れきねんぞうよ)」のルールが2024年1月1日以降の贈与から、大きく変更されることになりました。これまで過去3年だった暦年贈与の足し戻し期間が、段階的に延長され、過去7年へと変更になるのです。相続税対策として暦年贈与を利用されている方は非常に多く、これによって広い範囲に影響が生じると見られています。
この記事の内容はこちらの動画でもわかりやすく解説しています。
制度が変更になるのは2024年1月1日以降の贈与から。では、2023年中に駆け込み贈与するなら、いくらがいいのでしょうか?また、他になにかやっておくべきことはないのでしょうか?これについて解説をしていきます。
暦年贈与とは?
まず、これまで最も有効な相続税対策として知られていた暦年贈与の仕組みについて簡単にご説明します。
贈与税とは、毎年1月1日から12月31日までにされた贈与を合計した額に対してかけられる税金です。その税額は贈与額によって変わるのですが、もらった金額が年間110万円以下なら、贈与税がかからないことになっています。
このことを利用して、自分が相続したい相手に毎年110万円ずつ贈与をし、税金の負担なく、親から子、孫に対して財産を移転していく、というのが暦年贈与の仕組みです。
ちなみに、よく似たもので「定期贈与契約」というものがあります。これは、契約によって、毎年贈与をする、と定めたものです。
この定期贈与契約を結んだ場合、たとえ金額が1年間に110万円未満であったとしても、贈与した金額が贈与税の対象となってしまいます。たとえば、毎年100万円を10年間に渡って贈与します、という契約を結んだ場合、1,000万円を贈与する契約をしたということで、税金がかけられることがあります。
これを防いで、暦年贈与をするためには、毎年贈与契約を行い、「たまたま、毎年、同じ時期に同じ額を贈与することができました」という形にすることが望ましいです。
さて、暦年贈与をすると、相続税はどのようにお得になるのでしょうか?実際の例を見てみましょう。
暦年贈与の例
茂雄さんには、雄一(ゆういち)さんと、茂太郎(しげたろう)さんの2人の息子がいます。茂雄さんには資産が5,000万円あり、これをこのまま相続すると、相続税が80万円かかります。
そこで、2人に対して110万円。合計220万円を暦年贈与することにしました。
贈与を始めてから7年経過したところで、茂雄さんがお亡くなりになりました。
茂雄さんの財産は、1,540万円減りますので、3,460万円となります。
そして、「相続開始前3年間の贈与は相続財産に足し戻す」というルールが有りますので、相続財産は4,120万円となります。
相続人が子供2人の場合の基礎控除額は4,200万円ですので、この場合、二人が払う相続税は0円となります。
このように、贈与税を一切払うことなく生前に財産を贈与し、しかも、相続税を節約することができました。
暦年贈与の足し戻し期間が3年から7年に延長される
さて、この暦年贈与の足し戻し期間が相続開始前3年から、相続開始前7年へと段階的に延長されることが決まりました。
これによって、相続税対策はどのような影響を受けるでしょうか?
先程と同じ、茂雄さんのケースで見てみましょう。
茂雄さんは、雄一さんと茂太郎さんにそれぞれ110万円、合計220万円を毎年贈与し、ちょうど7年経過したところで茂雄さんがお亡くなりになりました。
今回の改正によって、相続財産に足し戻される生前贈与の期間は、相続開始の7年前となりますので、7年間の暦年贈与の合計1,540万円はすべて相続財産に足し戻されます。
その結果、相続財産金額は変わらず、相続税は80万円となります。したがって、相続税対策として暦年贈与をするメリットは全く無くなってしまいます。
このように、相続税対策として最も手軽で広く使われてきた暦年贈与が今回変わってしまうことで、大きな変化が生じています。
回避策① 相続人以外への贈与
回避方法の1番目は、相続人以外に直接贈与する、ということです。
相続財産に「足し戻し」する対象となる贈与は、相続、遺贈(いぞう)、保険金の受取人に対する贈与です。相続人以外への贈与は足し戻しの対象になりません。
したがって、たとえば、雄一さんに直接贈与するのではなく、雄一さんの妻の佳織さんに贈与をする。あるいは、茂太郎さんに贈与するのではなく、茂太郎さんの息子の茂一郎(もいちろう)さんに贈与することで、贈与した金額の相続財産への「足し戻し」を回避することができます。
なお、名義預金と見られないようにするために、実際に佳織さんや茂一郎(もいちろう)さんが自分で使うことができる銀行口座に振り込む必要があります。その点には注意してください。
もう一つの回避方法が相続時精算課税制度の活用です。
相続時精算課税制度というのはこれまでにもあった制度なのですが、非常に使い勝手が悪く、あまり使われていませんでした。
しかし、今回の税制改正により、相続税対策として使えるものになりましたので、これについて説明をします。
回避策②相続時精算課税制度
現行の相続時精算課税制度について
相続時精算課税制度とは、生前贈与に関する制度です。
今回、この制度が改正されるのですが、まずは現時点での制度の内容をご説明します。
この制度を使うと、生前の贈与について、一定の金額まで贈与税が非課税となります。その金額は2,500万円です。
また、非課税枠を超えた贈与については、贈与税の税率は一律で20%と、低い割合に抑えられています。
そして、贈与財産の評価額は贈与時点で決定します。
相続時精算課税制度の実際の例
例えば、茂雄さんと雄一さんが相続時精算課税制度を使うとします。
茂雄さんは1年めに1,000万円、2年目に500万円、3年目にまた1,000万円、4年目に200万円を雄一さんに贈与したとします。
この場合、2,500万までの部分については贈与税はかかりません。超えた200万円についても一律20%の贈与税がかかるだけですので、合計2,700万円を40万円の贈与税だけで受け取ることができます。
なお、一度この制度の利用を開始すると、それ以降はどんなに少額であっても、贈与があった年は毎年その内容を申告する必要があります。
ただし、この制度では生前に贈与した分は、相続開始時に、「全額を相続財産に足し戻す」、という規定があります。
たとえば、茂雄さんから雄一さんに2,500万円の生前贈与をした場合、贈与の時点で贈与税はかかりませんが、相続開始時に全額を相続財産に足し戻しますので、結局相続財産は5,000万円となり、相続税対策にはなりません。
相続時精算課税制度を利用したほうが有利になるケース
しかし、ある一定の条件においては、この相続時精算課税制度を利用したほうが有利になるケースがあります。
有利になるケースについてご説明します。
相続時精算課税制度を使って贈与できる財産は、現金だけではなく、株や土地、貴金属などなんでも贈与することができます。
そして、贈与したものは贈与時点の時価で評価されると定められています。これがポイントです。
たとえば、茂雄さんが雄一さんに2,500万円相当の不動産を生前贈与したとします。その後、茂雄さんがお亡くなりになった時に不動産の価格が3,200万円に上昇していました。しかし、相続財産に足し戻すのは贈与時点の価格ですので、2,500万円となります。
つまり、相続にあたって、自宅の評価額を安くすることができるのです。その分、相続税がお得になります。
このように、将来値上がりが確実な資産をお持ちの場合、この制度を使うメリットがありました。
逆に、贈与した資産が値下がりした場合には注意が必要です。
相続財産への足し戻しは元の金額となりますので、相続税もそれに基づいた金額で計算されることとなります。その結果、相続税対策としては残念な結果になってしまいます。
また、一度選択すると、取り下げできず、それ以降はどんなに少額であったとしても贈与があった年は毎回申告が必要で、暦年贈与との併用ができない、というデメリットもありました。
令和6年1月から、相続時精算課税制度が使いやすく
このように、これまで非常に使いにくい制度だったのですが、2024年1月1日からこのルールが改正されます。
具体的には、毎年110万円の基礎控除が認められるようになります。
また、110万円までの贈与なら申告が不要になります。
これについて見ていきます。
相続時精算課税制度は2,500万円までの贈与については贈与税がかからない、というものです。
その代わり、相続が発生すると、贈与した金額がそのまま相続財産に加算されることになります。
しかし、2024年1月1日以降の贈与については、1年あたり110万円の控除が認められることになりました。
例えば、茂雄さんが雄一さんに毎年110万円贈与し、7年後に茂雄さんがお亡くなりになった場合、これまでの相続時精算課税制度では、贈与された770万円をそのまま相続財産に足し戻す必要があったのですが、それが2024年1月の贈与からは毎年110万円の非課税枠が設定されますので、足し戻す必要がなくなります。
また、110万円以下であれば、毎年の申告も不要になりました。
これらの変更によって、相続時精算課税制度は非常に使いやすいものとなり、これまでの暦年贈与に似たものとして使うことができるようになりました。
100万円の贈与を25年続けたいが、、
ところで、非課税枠が2,500万円あるのであれば、できるだけ早く相続時精算課税制度の利用を開始して、より長い期間に渡って贈与したほうがお得なのではないでしょうか?
100万円の贈与を25年間続ければ、2,500万円を贈与することができます。その際に、贈与税も相続税も払う必要がありません。
例えば、47歳の雄一さんが、将来の相続を考えて、17歳の彩花さんに毎年100万円の贈与をすることにしたとします。25年間続ければ、2500万円を無税で移転できるように見えます。
しかし、実際にはこれはできません。相続時精算課税制度を利用するには、贈与する人が60歳以上、贈与を受ける人が20歳以上、というルールを守る必要があるのです。
雄一さんが彩花さんに贈与をするためには、雄一さんが60歳になるのを待つ必要があります。
また、相続時精算課税制度と暦年贈与制度を同じ人に対する贈与で併用することはできません。
相続時精算課税制度は一度始めると取り消しをすることができませんので、注意が必要です。
ただし、相続人の雄一さんには相続時精算課税制度を利用し、相続人ではない茂一郎くんには暦年贈与をする、といった組み合わせは可能です。
暦年贈与の経過措置について
また、暦年贈与に関しても経過措置があります。
冒頭に、足し戻し期間が相続開始前3年だったものが7年に延長されるとご説明しましたが、これは段階的な措置となっています。
2026年12月31日までの贈与については最長で3年間の足し戻しのままなので、2024年になったら急に相続時精算課税制度に切り替えるのではなく、資産額や健康状態を見ながら、じっくりと対策を考えていくことも可能です。
2023年中にやっておくべきこと
さて、これらを踏まえて、2023年中にやっておくべきことはなんでしょうか?
見ていきたいと思います。
相続財産の見込額が基礎控除以下の場合
まず、相続人が妻と、子供2人の場合。
相続税の基礎控除額は3,000万円と、600万円✕相続人の人数となっています。
したがって、この家族構成の場合、基礎控除額は4,800万円となります。
相続財産がこれよりも低くなる見込みの場合、2023年中に駆け込みで贈与する必要は特にありません。
なお、基礎控除額はこのようになっています。
相続人の人数が1人増えるごとに、基礎控除額は600万円上がります。
相続財産の見込額が基礎控除を超えそうな場合
相続財産がこれらの基礎控除を超えるという方について考えてみましょう。
その場合、2023年中に、こども2人に対してそれぞれ110万円ずつ贈与するのがいいでしょう。
さらに、2024年以降は相続時精算課税制度を利用して贈与を継続します。
なお、万一、2026年12月31日までにお亡くなりになってしまった場合、2023年中の贈与は全額足し戻しになる可能性がありますので、今年中に無理して大きな金額を贈与する必要はありません。
なお、お亡くなりになった日からちょうど3年間遡って、その時点までの贈与を加算しますので、贈与するなら一日でも早くするのがおすすめです。
ただし、健康状態に問題がなく「2027年1月以降も生きるぞ!」という方は、2023年中に多めに贈与をすると、2027年1月1日以降、相続税の負担が多少減る可能性があります。
また、孫がいる場合、子への贈与のかわりに孫に贈与する、ということも検討してみてください。孫に対する贈与は2024年以降も暦年贈与で継続が可能です。
相続財産が非常に多い場合
また相続財産が非常に多いケースでは、暦年贈与のほうが有利な場合もあります。
2023年中は子供2人に対してそれぞれ贈与を行い、2024年以降もそれを継続します。
贈与額については相続税と贈与税の税率を比較して、検討していくのがいいでしょう。なお、贈与税の税率、相続税の税率はこのようになっています。贈与税のほうが低い金額で高い税率となっていますので、生前贈与は少なめのほうが税を節約できる傾向にあります。
相続財産が非常に多い場合、毎年数百万から1,000万円程度の贈与をすることで、相続財産を減らし、相続税対策をすることができます。
まとめ
ほとんどの方にとっては、
2023年中は暦年贈与
2024年以降は、相続人に対して相続時精算課税制度を利用し、相続人以外に対しては暦年贈与をするのが良いでしょう。
富裕層で健康な方については
2023年中も2024年以降も暦年贈与がオトクという事になりそうです。
また、相続財産が基礎控除未満になる見通しの方については、駆け込み贈与等の対策は不要です。
相続税は事前に対策をすることで節約できる税金です。これらの知識を生かし、うまく次の世代の方に財産をひきつぐことを検討してみてはいかがでしょうか?
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