バラエティ豊かな土地色!尾張地方西エリアの特徴【清須市・あま市・愛西市・弥富市・稲沢市・津島市】

清須市の特徴

清須市(きよすし)は名古屋市の西側に隣接している愛知県の市です。面積は17.35平方キロメートルで、7万人ほどの人口を擁します。
名古屋市の他にも、一宮市や稲沢市、北名古屋市、あま市に隣接しています。

全体的に平坦な土地であるのが特徴で、岐阜県から愛知県を流れる一級河川の庄内川の下流域に当たります。
海抜は10メートル未満と低く、2000年には東海豪雨の影響を受けています。
庄内川の他にも、新川や五条川、水場川、福田川などの河川が市内を流れており、水に豊かで自然に恵まれた市だと言えます。

清須市のある地域では弥生時代の遺跡である朝日貝塚や、接する竹村貝塚が発見されており、古代からの人間の営みがあったと考えられます。

清須市が特に日本の歴史上重要な位置を占めるのは、特に室町時代に清洲城が建設されて、戦国時代の1555年に武将の織田信長公が入城する頃です。
織田信長が清洲城に入城することで城下町が栄え、「関東の巨鎮」と呼ばれるほどにまで発展しました。ここでは文化の中心地や尾張の要所としての役割を果たしていたようです。
江戸時代に入ると、美濃街道の宿場町である「清須宿」として栄えます。美濃街道は名古屋と中山道を結ぶ道路として重要な位置にあり、縁起がいいとして数多くの大名たちも通いました。

近代以降、清須市は何度にもわたる市町村同士の合併や分裂を経てできていることが分かります。
最終的に市制によって清須市になったのは2005年で、当時の西枇杷島町と清洲町、新川町が合併して誕生しました。
その後2009年に春日町と合併しています。

交通面で見ると、清須市には東海道旅客鉄道の東海道本線「枇杷島駅」があります。
また市内を通る名古屋鉄道には、名古屋本線、犬山線、津島線が通っており、名古屋市までは40分ほどで行けます。

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あま市の特徴

あま市は名古屋市の西側、清須市の南西側に位置している愛知県の市です。面積は27.49平方キロメートルで、8万7000人ほどの人口を擁します。
名古屋市と清須市の他に、稲沢市や津島市、愛西市、海部郡蟹江町、大治町に隣接しています。

濃尾平野に位置しており、市内の全域がほとんど海抜ゼロメートル地帯という地理的特徴を持っています。
一級河川の庄内川を始めとして、新川や五条川、蟹江川、福田川などの河川が流れ、その豊かな恵みによって近郊農業が発展しました。

あま市内の地域では弥生時代以降の遺跡が発見されており、当時人々は生活範囲をあま市の北部から南部に徐々に拡大させていったことが分かっています。
また弥生時代のものとみられる阿弥陀寺遺跡と森南遺跡からは、この地域の集落が周囲に堀を巡らせて作られた「環濠集落」だったことも発見されています。

また、愛知県あま市にある真言宗智山派の甚目寺観音は、飛鳥時代に当たる597年頃からその精神が引き継がれていると言われています。
鎌倉時代に入ると、各地から鎌倉に通じる道である鎌倉街道で「萱津宿」という宿場所のひとつができ、人の行き交いが盛んになります。また立地的に恵まれた環境であったことからも、尾張地方の政治経済の中心としての役割も果たしました。

江戸時代に入ると、現在まで伝統が受け継がれている「七宝焼き」が作られるようになります。七宝焼きは金属の素地を使った伝統工芸技法のひとつで、現在では経済産業省指定の伝統工芸品として指定されています。

近代では2010年に海部郡七宝町と美和町、甚目寺町が合併してあま市が誕生します。
田園風景が広がる景観が特徴的でもありますが、同時に名古屋市への地理的な近さを生かしたベッドタウンとしても発達し、田園景色と住宅地が混在する環境にあります。
あま市には名古屋鉄道の津島線が通っており、名古屋市までは15分ほどで行くことができます。

あま市施工例(東新住建)

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愛西市の特徴

愛西市(あいさいし)は愛知県の西端に位置している市です。面積は66.70平方キロメートル、6万人ほどの人口を擁します。
津島市や稲沢市、弥富市、あま市、 海部郡蟹江町 岐阜県海津市 三重県桑名市に隣接しています。2010年に海部郡七宝町、美和町、甚目寺町の3町合併により愛知県内37番目の市として誕生しました。

地図で見るとカタカナの「ヒ」のような形で津島市を囲っているのが分かります。一級河川である木曽川や長良川、日光川、善太川、大膳川などの河川が通っています。
木曽川は愛知県と岐阜県の境目を成すことが多いのですが、愛西市の場合は木曽川の岐阜県よりにもまだ集落が存在しています。そのため岐阜県や三重県との県境をなしているのは長良川です。

愛西市で発見された遺跡によると弥生時代からこの地に人が住んで生活していたということが分かっています。
江戸時代には、かつての官道である「三里の渡し」がありました。三里の渡しは別名で「佐屋の渡し」とも呼ばれ、愛西市に当たる東海道の脇往還佐屋路の佐屋宿と、三重県桑名市に当たる桑名宿を結んでいた渡しのことを指します。

三代将軍の徳川家光によってのちに名古屋市の熱田宿と三重県桑名市の桑名宿を結ぶ「佐屋街道」が作られ、そこに佐屋代官所が設けられています。

現在も残されている愛西市の観光名所としては、明治時代に建設された船頭平閘門が挙げられます。
明治時代の河川改修によって木曽川と長良川の分流が行われた際に建設されたもので、パナマ運河にも似ている構造であることから「小パナマ」と親しまれているそうです。
周囲には公園が整備されており、桜の季節になるとお花見に訪れる方も多いようです。

また愛西市の桜並木といえば、名古屋鉄道の藤浪駅や勝幡駅から徒歩10分でアクセスできる「相ノ川桜並木」です。
1997年に噴水が設置されたことでさらに桜景観の美しさを増しています。

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弥富市の特徴

弥富市は愛知県の西部でも南の方に位置し、名古屋市の西側20キロメートル圏内にある市です。面積は49平方キロメートルで、4万3000人ほどの人口を擁します。
愛知県内では愛西市や海部郡蟹江町、飛島村に隣接し、三重県では桑名市や桑名郡木曽岬町に隣接しています。「弥富」は「やとみ」と読みます。

濃尾平野に位置しており、海抜ゼロメートルの地帯が広がる平野が特徴です。弥富市の地域では最大で2メートルほど海抜より低くなっている地域もあります。
また木曽川が近くにあり下流に位置することから、木曽川が運んできた土砂が堆積することでできたデルタ地帯を干拓して立地します。そのため弥富市の地質も木曽川などの堆積土でできた沖積層に代表されます。

原始時代から古代まで、弥富市のある地域は海の中にあったので、人間の生活はなかったとされています。
弥富市の地域が構築され始めたのは平安時代ころで、その地域に当時の有力者である藤原氏が開墾し荘園をなしたとも言い伝えられています。

江戸時代には、1607年に徳川家康の命令で木曽川左岸の堤防である御囲堤が築かれました。御囲堤によって土地の有力者や豪農によって干拓新田の開発が進められ、時に水害を受けながらも開発が繰り返されて弥富市の南部にも広がっていきました。
江戸時代の後期には海産業が発展し、漁業や海苔の養殖が盛んになりました。海苔に関しては「蓬莱海苔」と称されるほどの名産地として知られることになります。
明治時代には、現在まで続くキンギョやブンチョウの生産が盛んとなります。

現在では、湾岸部を中心に製造業や物流業が栄えており、自治体も積極的に企業を誘致して盛り上げようとしています。
弥富市の北部の方では鉄道の整備や幹線道路が発達したため、名古屋市との地理的距離の近さも生かしてベッドタウンとして人口が増加しています。

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稲沢市の特徴

稲沢市(いなざわし)は愛知県の西端に位置する市です。面積は79.35平方キロメートルで、13万6000人ほどの人口を擁します。
愛知県では一宮市や愛西市、清須市、あま市、岐阜県では羽島市や海津市と隣接しています。

濃尾平野の中央に当たるところに位置しており、五条川や日光川、木曽川などの河川が通っています。
特に木曽川の恵みによって肥沃な土地や温和な気候が特徴で、野菜や植木、苗木などの生産が盛んに行われています。

稲沢市はかつて政治や文化の中心地としても賑わっており、尾張の国府が置かれていた歴史の深い街です。
江戸時代に入ると、東海道の宮宿と中山道の垂井宿を結ぶ脇街道だった「美濃路」の宿場町「稲葉宿」として賑わいを見せました。

明治以降には周りの市町村との合併などを繰り返し、1955年には中島郡稲沢町と大里村、千代田村、明治村が合併して稲沢町が成立します。
そして1958年には市制を施行して、現在の稲沢市として知られることになります。

近年名古屋市のベッドタウンとしての性格も強めており、住宅の建設や大型ショッピングセンターもできています。
JR東海の東海道本線や、名古屋鉄道の名古屋本線および尾西線が通っており、名古屋市までは約10分で行くことができます。

稲沢市施工例1(東新住建)
稲沢市施工例2(東新住建)

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津島市の特徴

津島市(つしまし)は愛知県の中西部に位置し、名古屋市の西側にある市です。地図では愛西市に北西部を囲まれるように位置しています。面積は25.09平方キロメートルで、6万2000人前後の人口を擁します。

日光川や新堀川、善太川、目比川などの河川が流れています。
広域的なまちづくりへの取り組みを行っている海部津島広域行政圏の中心を担っており、あいち海部農協と海部東農協の本部もあります。

津島市にある「津島神社」は、津島神社・天王社の総本社であり、東海地方を中心として全国でも約3000社建てられているほど信仰を集めています。
津島市と愛西市で行われる津島神社の祭である「尾張津島天王祭」は、600年頃から続いている伝統的なお祭りとしても評価されます。

津島神社のもとで門前町が発展することで文化や信仰の中心地として栄え、江戸時代に入ると佐屋街道の宿場町としても知られるようになりました。
現在でも国の重要文化財に指定されている「堀田家住宅」や古い街並みなどが残っており、歴史の深い文化遺産に触れることができます。

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まとめ

尾張地方西エリアにある清須市、あま市、愛西市、弥富市、稲沢市、津島市の特徴を見てみると、同じエリアでありながらも地質や産業など違いがあることが分かります。
皆さんもそれぞれの特徴を意識して適切に住居地域を選んで見てくださいね。

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